小説『117+』(仮)第18話「2005年1月17日 ―花沢慎太郎 対 米村秀彦―」

肩と腕のあたりが、一瞬熱くなる。
何かが衝突した。
一瞬、腕の方に目をやる。


手裏剣?
直径10センチくらいの円盤から突き出ている、四枚の刃物。
その刃のうちの一つが、自分の腕に突き刺さっている。
いつの間に?
いや、「いつの間」なのかは分かっている。
あの、男の空中で行った蹴りの動作の際だ。
男はすでに、空中にはおらず、階段の踊り場からこちらを見下ろしている。


「あんたの思い通りにはならないよ」
若造はこちらを見下した表情でつぶやく。
「あんたの願いが何であれ、blacksに頼っている限りはかなわない。
……今、こちらにソフトを渡すんであれば、また幸せな生活が戻ってくるだろうよ」




教師は、こちらがしゃべり終わるか終らないかのうちに
その右手の角を再び飛ばしてきた。
一瞬不意を突かれたため、体勢が崩れ、腕にある彼女の重みで
右の方にふらついてしまう。
角の激突音と、少女の叫び声。
「何よこれ!なんなの?なんなのよ!」
「少し黙っててくれないか。すぐに終わる。もう少しの辛抱だ」
米村は少女につぶやくと、再び宙に浮きはじめる。



若造の能力がわかった。
足の裏に、手裏剣のようなものを生み出す力だ。
そして、それに乗って宙に浮いたり、おそらくは移動したりできるのだろう。
そして、蹴りの動作で、それを相手に向けて飛ばすことができる。
それが攻撃手段というわけだ。


教師は、手裏剣の突き刺さった腕をためしに動かしてみる。
少し動かすだけでも痛みが全身を走る。
だが、動かないというわけではない。
極限状態に追いつめられれば、ほとんど関係なくなる痛みだろう。


つまり、戦える。
戦わなくてはならないのだ。
いまさらになって戦うことをやめることが出来たら、とっくにそうしてる。
勝てるか勝てないかではない。戦って、勝たねばならないのだ。


「あなたがそばにいるだけで」
「あなたがそばにいるだけで」
「あなたが」


愛していた女性の声が脳内に響く。
それを合図に、教師は角を射出した。
しかし再び壁を破壊する音。


若造はすでに目の前から消えてしまっていた。




(この物語はフィクションです。
実際の人物、団体、出来事とは一切関係がありません)

小説『117+』(仮)第十七話「2005年1月17日 ―米村秀彦―」

「花沢慎太郎について、調べてきたよ!」
イヤホン越しに福田の声が響く。
「34歳高校教師。ソフト獲得は1989年。91人目。
果実連合、白影教団における所属経験なし!」
「野良か」
「…たぶん、勢力の存在自体知らないんじゃないかな」



そんな気はしていた。
2005年の段階で、117人のうちの9割は、
「どこかの勢力に属している」か「すでに死亡している」ことが確認されている。
だからこそ、米村は、ヒミコが他人とエンカウントに入った可能性を考慮に入れなかった。
「こんな近くに、まだ正体不明の能力者がいたとはな」
米村は半分ひとり言のようにつぶやいた。


高校教師、いや、かつて高校教師だった男は、
その、雄牛の角のようになった右手を米村に向ける。
次の瞬間それは、まるでバネではじかれたように
勢いよく米村の体に向かっていく。


米村は首を少しひねってそれを回避する。
体は未だに宙を浮いたままだ。
角は後ろの壁に激突し、中の鉄筋を破壊する。
人を一人破壊するには十分すぎる威力だ。


角は、回避されたとみるや否や
即座に花沢の手に戻る。
スピードも、判断能力も、今なったばかりの能力者ではない。
戦いを少なからず経験している。


「大丈夫!?」
福田の悲鳴のような声が耳にうるさい。
「おれを信頼しろ」
米村は声色ひとつ変えずに呟く。
「お前の仕事はこいつの能力を調査することだ。
こいつは少なくとも一人は殺している」
「だろうね」
「こいつの存在自体がこちらでは不明だったということは、
その殺した相手も、こちらでは正体不明の能力者だ」


角が再び米村を狙う。
今度は体を大きくそらして回避する。
「こいつは見てのとおり、右手を角のようにして飛ばす能力を持っている。
こんな感じの凶器で殺されたであろう、未解決の殺人事件について調べるんだ。
奴の能力を可能な限り丸裸にする」
「わかった。それまでは接触しちゃだめだよ!」
「もちろん。そのつもりだ!」


腕が奇妙な振動を感じる。


米村は抱きかかえた少女を改めて見てみた。


「…いったい、何が、どうなって…」
少女は米村に怯えたような目を向けている。
奇妙な振動は彼女の体の震えだったようだ。
少女は全身を恐怖で震わせ、浅い呼吸をしながら、しかし、こちらの胸元あたりを強くつかんでいる。
たぶん、状況をほとんど理解している様子はないが、どうやら信頼されているようだ。



ほんの一瞬、温かい感情が
米村の胸に流れ込む。
自分の愚かさに皮肉な笑みを漏らす。
こんな少女が、自分に敵意を抱いてると思うだなんて。
馬鹿らしい。


それまでは接触しちゃだめ。


もちろんわかってる。


ただし、反撃を行わない、という意味ではない。


米村は、空中で蹴りのような動作を行うと、
そのまま地面に降り立った。





(この文章はフィクションです
実際の人物、団体、地名などとは一切関係ありません)

小説『117+』(仮)第十六話「2005年1月17日 ―赤羽緋美子 対 花沢慎太郎― その2」

自分の言葉に自分の耳を疑った。


「その程度か」?
その程度だ。
その程度でいいのだ。
あとはただ殺せばいい。
ヒミコは階段から転げ落ちて、せき込んでいる。
大きなけがはないようだが、立ち直るのには時間がかかる。


間違えた。
ヒミコじゃない。敵だ。
今ならチャンスだ。そのまま踊り場に向かって
右手の角を突き出せばいい。
それで終了。
あとは最初にしたのと同じように敵からカセットを奪う。
それでこの角はさらに能力を増すはずだ。




視界がぶれている。
ひどい頭痛と呼吸困難。
でも、逃げなきゃという意思は確かに働いている。
来る。もうすぐ来る。
私はほふく前進でその場から離れようとする。


来た。
風を切る音。
もうよけることはできない。
私は体を丸めて、背中でそれを受け止めようとする。
どれだけ効果があるかはわからないけど。


不意に、体が持ち上がった。
ジェットコースターが発射する瞬間のような浮遊感。


天国?


いや、ちがう。
角が刺さったんじゃない。
私は、誰かに抱きかかえられたんだ。
それでそのまま空へ飛び去っているんだ。
天使様?


振り向くと、大学生の顔がそこにあった。





「邪魔をするなぁッ!」
思わず叫び声をあげた。
視界の先にいるのは、間違いなく能力を持つものだ。
たぶんうちの生徒じゃない。黒い革のツナギを着たそいつは、
まるで汚物でも見るかのような冷たい目でこちらを見ている。


いや、注目すべきはそこじゃない。
何よりも注目しなければならないのは、そいつが宙を浮いているということだ。
そいつは、敵が落下した踊り場とは逆の、のぼり階段の方の踊り場の付近で
敵を抱きかかえた状態で宙に浮いている。


「こいつが何者か、洗い出してくれ」
男はこちらを見たまま何かを呟いた。だがたぶんこちらに対して放った言葉ではない。
おそらく、こいつにはもう一人の仲間がいて、
その仲間に、俺の情報を調べてもらっているのだろう。


「無視をするな。そいつは俺の獲物だ! こっちによこせッ!」
俺の叫び声は、甲高い悲鳴に変わっていた。
「獲物? 違うだろ。こいつは生徒だ。あんたのな」
新たに現れた男の言葉は、こちらに対する軽蔑をまるで隠そうとしておらず、
奇妙なほどにこちらの神経を逆なでする。
「違う。生徒じゃない。敵だ! そいつは敵なんだ!」
「割り切ってしまったのか」
男の声にため息がまじる。
「それがあんたの生き方か。悪いがあんた、もう終わってるよ」
俺は勢いよく男に飛びかかった。





(この文章はフィクションです。
実際の人物、団体、地名などとは一切関係がありません)

小説『117+』(仮)第十五話 「2005年1月17日 ―赤羽緋美子 対 花沢慎太郎―」

角だ。
いや、本当は角なんかじゃない。わかってる。
でも、角だとしか形容できない。


先生の体はおかしなことになっていた。
右腕以外はいつもの先生だ。目が怖いところ以外は。
ただ、右手は完全になくなっており、代わりに雄牛の角みたいなのが右肩の方から生えている。
しかもものすごく大きい。たぶん先生の身長より。
その証拠に、先生はその生えてきた腕を引きずりながら歩いている。
普通の角と違って、なんていうか、関節があるようだ。
たぶん普通の人間でいうところの肘にあたる部分で、軟体動物のようにぐにゃりと曲がっている。


「やめようよ、先生」
私は、それは何かを聞く前に、そんな言葉を発していた。
実際、それが何かを聞く必要はないかもしれない。
それがどんな力を秘めているかはわからないけど、
それがなすべき仕事は、先生の眼とセットで見れば理解できたからだ。
動機は理解できないけど。
「なんでそんなことするの? ねえ、なんでこんなことになるの?」


「聞かない」
先生は、未だに嗚咽が止まらないようだ。震える声でつぶやいた。
「もうお前の言葉は聞かない。聞くと、殺せなくなる」
次の瞬間、風を切り裂く音が耳元で響いた。
壁が破壊される音。




「角」は「敵」の顔面ぎりぎりを横切った。
放たれた角は学校のコンクリートに穴を開け、中の鉄骨をむき出しにする。
だめだ。外れだ。やはりもう少し近づかなければ。
敵が悲鳴をあげる。耳をつんざくような悲鳴。
角をいったん自分の体に引き寄せて、一気に距離を詰める。


敵は、自分から回れ右をすると、そのまま走り始めた。
まだこちらに敵意はないらしい。
もちろん罪の意識などない。むしろ好都合だ。
恐怖が反転して怒りに変わる前に仕留めないと。





誰かの悲鳴が聞こえる。
絹を裂くような、耳障りな金切り声。


ふと、声を上げていたのは自分自身であることに気づく。
錯乱状態だ。自分でもわかる。
錯乱している自分を、もう一人の自分が見ている感じ。
だが、叫び声は止まらない。
抑えようとしても飛び出してしまう。


後ろを振り向いてみる。
大分距離は離しているようだ。
先生は足が遅いのか? まだ話し合う余地はあるかもしれない。






やはり角状態では走りにくいようだ。
本来ならば小娘たちに遅れを取るような俺ではない。
俺は深呼吸すると、いったん角を解除する。
そして今度は右手を振って全速力の走り方で走る。
うん。この方が明らかに速く走れる。
敵の再びの悲鳴が学校にこだまする。


「もう諦めろ!」
俺は敵に警告する。
「出来れば楽に死なせてやりたい! 抵抗すると、苦しい想いをすることになるぞ!」
だが敵は錯乱状態なのか聞こうともしない。


やがて、角が届きやすい場所まで距離を縮める。






角だ。
背後から風の音。
でもどっち? 右? 左?
悩んでいる暇はない。私は思い切って右に飛んだ。


しかしそこは、階段だった。
着地に失敗して転げ落ちる私。
踊り場のあたりで頭をぶつけてしまう。


「その程度か!」
階段の上の方で、先生(あるいはかつて先生と呼ばれていた男)怒号を放つ。
頭が痛い。ぐらぐらする。
このままじゃ、あの角に突かれてしまう。それはよく分かっている。




(この文章はフィクションです
実際の人物、団体、地名などとは一切関係ありません)

小説『117+』(仮)第十四話 「2005年1月17日 ―花沢慎太郎―」

あのゲームに出会ったのは、今からちょうど15年前のことだ。



…ああ、目の前にいる赤羽緋美子が生まれて間もないころなんだな。
そんなことを思うと、再び頭が朦朧とする。
やはり俺はこんなことには向いていない。断じて向いていない。


「あなたは本当にゲームが好きなのね」
あのゲームをプレイしているときの、彼女の言葉を思い出す。
そう。あの時の俺は本当にゲームが好きだった。
特にRPG。地道な努力が世界を広げていく感じ。
あの感じが好きだったのだ。


世界の中で英雄ともてはやされる俺のキャラクター。
でも、やってることは本当に地味だ。
単純作業による修行と金稼ぎ。
買い物に四苦八苦して、宝箱に喜んで。
俺の眼に映る彼らは小市民そのものだった。
そこにまた、憧れを感じていたのだ。



しかしながら、あのゲームは難しすぎた。
なかなかレベルが上がらないのだ。
ヒントの言葉もあいまいすぎてよくわからない。


「レベルを あげるには そとにいる
ほかの プレーヤーと たたかって しょうりするのが
こうかてきです」


外にいる、他のプレーヤー?
街の外にいるのは魔物ばかりだ。「プレーヤー」という言葉の意味するところは
まったく理解できない。


「みごと あなたが しれんに うちかったのなら
わたしは あなたがのぞむ のぞみを
なんでも かなえてあげることが できます」


何かのヒントなのだろうが
やはり意味が分からない。


「じゃあさ、新婚旅行の代金払ってもらおうよ」
寝てるかと思っていた彼女が突然耳もとで話しかけてきたので、思わず変な声を上げて飛び上がった。
彼女はうれしそうにけらけらと笑っている。
「何よそれ。フィアンセに話しかけられたときの態度?」
「起きているとは思わなかったんだ」
「ちょっと。「フィアンセ」の方を突っ込んでよ! 恥ずかしいじゃない」
「だって君は、フィアンセじゃないか」




彼女の唇は、乾きやすかった。
彼女はリップが手放せないようだったが、俺はさらさらした唇の感覚も好きだった。




「新婚旅行のお金なら、ちゃんとあるよ」
「でも、望み聞いてもらえるなら、もっと豪華な旅行になるじゃない」
「何言ってるの。ゲームの話を真に受けてるのか?」
「だって、望みをかなえるって言うんだし。できなきゃ詐欺でしょ」
「あれは、ゲーム内のキャラクターに言ってるんだ。僕じゃない」



彼女はくすくすとうれしそうに笑った。
「嘘よ。…本当はね、どこでもいいの。
あなたがそばにいてくれて、私は毎日が旅行みたいに胸を躍らせてるんだから」




一瞬、現実逃避をしている自分に気づいた。
目の前にいる、自分の教え子を改めて見る。
自分に怯えているようだ。


いや、彼女は教え子ではない。
教え子だと思うと殺せなくなる。
彼女は敵だ。教え子でもなければ、人間でもない。ただ、「敵」だ。


俺は、震える声で呪文を唱えた。
すると、右手が変形して、牛の角のようになる。
いつもどおりだ。



「あなたがそばにいてくれて、私は毎日が旅行みたいに胸を躍らせてるんだから」



俺は、彼女の言葉をもう一度、思いだした。





(この文章はフィクションです
実際の人物、団体、地名などとは一切関係がありません)

小説『117+』(仮)第十三話 「2005年」

この物語は、2005年の段階で
すでに終了しようとしている。


1988年、とある事件がきっかけで、
謎めいた力を手にした「能力者」たちが大量に出現。
しかも、その能力者たちは、なぜかお互いを排斥しようと殺し合いを始めた。


わからないものには理解しがたい謎の行動。
きっと、能力者たちは、自分の同類を減らすことで、
何かが得られることを知っているからだ。
それがなんであるのかは、能力者たちだけが知っている。


しかし、お互いを排斥し合う中で、連合や組織が少しずつ生まれ始めた。
最大勢力である『果実連合』、謎めいた力を信仰に利用する『白影教団』
『果実連合』を激しく敵対視する少数勢力『HB』


それらはみな
単独で戦うよりも、集団での優位性を優先した結果生まれてきた。
そしてそれらは非常に高い効果をあげ、
単独の能力者は少しずつ姿を消し始めた。


そんななか、もはや全面戦争による解決が最も手っ取り早いと
最後の戦争に備えていた三者だったが、



ヒミコという未知数の存在によって
再び物語は、最初の(ヒミコにとっては)、
そして最後の(それまで長い戦いにかかわってきた三者にとっては)
大混乱が始まった。


彼女の力はどうなっているのか?
仲間にすべきなのか? カモなのか?


各勢力は、突如現れた存在に対して、
だれも答えが出せなかった。






「その答えは、今出るわ」
屋上。
『果実連合』、寺島真奈美がノートパソコン膝の上において、画面を食い入るように眺めている。
映っているのは、花沢という教師と、「118人目」赤羽緋美子だ。
「ここまでは予定通り。あとは赤羽緋美子の実力次第」


「始まった?」
米村は予想外の出来事に戸惑う。
「今始まったってことは…?」
福田の言葉に、米村は唇をかむ。
「エンカウントは、おれと赤羽緋美子じゃなかったのか…!」
「この学校の関係者で、使い手の可能性がある人を探してみる!」


「先生? どうしたの?」
何も知らない、無垢な少女は、担任の教師にただならぬものを感じて、後ずさりしている。
「何でお前なんだ…。何でここにいるんだ…。何で…何で…。
何で俺はこんなことしなきゃいけないんだ…」
花沢の眼からついに涙がこぼれた。
「これが代償だとでも言うのかァァッッ!」





(この文章はフィクションです
実際の人物、団体、地名などとは一切関係ありません)