小説『117+』(仮)第十四話 「2005年1月17日 ―花沢慎太郎―」

あのゲームに出会ったのは、今からちょうど15年前のことだ。



…ああ、目の前にいる赤羽緋美子が生まれて間もないころなんだな。
そんなことを思うと、再び頭が朦朧とする。
やはり俺はこんなことには向いていない。断じて向いていない。


「あなたは本当にゲームが好きなのね」
あのゲームをプレイしているときの、彼女の言葉を思い出す。
そう。あの時の俺は本当にゲームが好きだった。
特にRPG。地道な努力が世界を広げていく感じ。
あの感じが好きだったのだ。


世界の中で英雄ともてはやされる俺のキャラクター。
でも、やってることは本当に地味だ。
単純作業による修行と金稼ぎ。
買い物に四苦八苦して、宝箱に喜んで。
俺の眼に映る彼らは小市民そのものだった。
そこにまた、憧れを感じていたのだ。



しかしながら、あのゲームは難しすぎた。
なかなかレベルが上がらないのだ。
ヒントの言葉もあいまいすぎてよくわからない。


「レベルを あげるには そとにいる
ほかの プレーヤーと たたかって しょうりするのが
こうかてきです」


外にいる、他のプレーヤー?
街の外にいるのは魔物ばかりだ。「プレーヤー」という言葉の意味するところは
まったく理解できない。


「みごと あなたが しれんに うちかったのなら
わたしは あなたがのぞむ のぞみを
なんでも かなえてあげることが できます」


何かのヒントなのだろうが
やはり意味が分からない。


「じゃあさ、新婚旅行の代金払ってもらおうよ」
寝てるかと思っていた彼女が突然耳もとで話しかけてきたので、思わず変な声を上げて飛び上がった。
彼女はうれしそうにけらけらと笑っている。
「何よそれ。フィアンセに話しかけられたときの態度?」
「起きているとは思わなかったんだ」
「ちょっと。「フィアンセ」の方を突っ込んでよ! 恥ずかしいじゃない」
「だって君は、フィアンセじゃないか」




彼女の唇は、乾きやすかった。
彼女はリップが手放せないようだったが、俺はさらさらした唇の感覚も好きだった。




「新婚旅行のお金なら、ちゃんとあるよ」
「でも、望み聞いてもらえるなら、もっと豪華な旅行になるじゃない」
「何言ってるの。ゲームの話を真に受けてるのか?」
「だって、望みをかなえるって言うんだし。できなきゃ詐欺でしょ」
「あれは、ゲーム内のキャラクターに言ってるんだ。僕じゃない」



彼女はくすくすとうれしそうに笑った。
「嘘よ。…本当はね、どこでもいいの。
あなたがそばにいてくれて、私は毎日が旅行みたいに胸を躍らせてるんだから」




一瞬、現実逃避をしている自分に気づいた。
目の前にいる、自分の教え子を改めて見る。
自分に怯えているようだ。


いや、彼女は教え子ではない。
教え子だと思うと殺せなくなる。
彼女は敵だ。教え子でもなければ、人間でもない。ただ、「敵」だ。


俺は、震える声で呪文を唱えた。
すると、右手が変形して、牛の角のようになる。
いつもどおりだ。



「あなたがそばにいてくれて、私は毎日が旅行みたいに胸を躍らせてるんだから」



俺は、彼女の言葉をもう一度、思いだした。





(この文章はフィクションです
実際の人物、団体、地名などとは一切関係がありません)