小説『117+』(仮)第十五話 「2005年1月17日 ―赤羽緋美子 対 花沢慎太郎―」

角だ。
いや、本当は角なんかじゃない。わかってる。
でも、角だとしか形容できない。


先生の体はおかしなことになっていた。
右腕以外はいつもの先生だ。目が怖いところ以外は。
ただ、右手は完全になくなっており、代わりに雄牛の角みたいなのが右肩の方から生えている。
しかもものすごく大きい。たぶん先生の身長より。
その証拠に、先生はその生えてきた腕を引きずりながら歩いている。
普通の角と違って、なんていうか、関節があるようだ。
たぶん普通の人間でいうところの肘にあたる部分で、軟体動物のようにぐにゃりと曲がっている。


「やめようよ、先生」
私は、それは何かを聞く前に、そんな言葉を発していた。
実際、それが何かを聞く必要はないかもしれない。
それがどんな力を秘めているかはわからないけど、
それがなすべき仕事は、先生の眼とセットで見れば理解できたからだ。
動機は理解できないけど。
「なんでそんなことするの? ねえ、なんでこんなことになるの?」


「聞かない」
先生は、未だに嗚咽が止まらないようだ。震える声でつぶやいた。
「もうお前の言葉は聞かない。聞くと、殺せなくなる」
次の瞬間、風を切り裂く音が耳元で響いた。
壁が破壊される音。




「角」は「敵」の顔面ぎりぎりを横切った。
放たれた角は学校のコンクリートに穴を開け、中の鉄骨をむき出しにする。
だめだ。外れだ。やはりもう少し近づかなければ。
敵が悲鳴をあげる。耳をつんざくような悲鳴。
角をいったん自分の体に引き寄せて、一気に距離を詰める。


敵は、自分から回れ右をすると、そのまま走り始めた。
まだこちらに敵意はないらしい。
もちろん罪の意識などない。むしろ好都合だ。
恐怖が反転して怒りに変わる前に仕留めないと。





誰かの悲鳴が聞こえる。
絹を裂くような、耳障りな金切り声。


ふと、声を上げていたのは自分自身であることに気づく。
錯乱状態だ。自分でもわかる。
錯乱している自分を、もう一人の自分が見ている感じ。
だが、叫び声は止まらない。
抑えようとしても飛び出してしまう。


後ろを振り向いてみる。
大分距離は離しているようだ。
先生は足が遅いのか? まだ話し合う余地はあるかもしれない。






やはり角状態では走りにくいようだ。
本来ならば小娘たちに遅れを取るような俺ではない。
俺は深呼吸すると、いったん角を解除する。
そして今度は右手を振って全速力の走り方で走る。
うん。この方が明らかに速く走れる。
敵の再びの悲鳴が学校にこだまする。


「もう諦めろ!」
俺は敵に警告する。
「出来れば楽に死なせてやりたい! 抵抗すると、苦しい想いをすることになるぞ!」
だが敵は錯乱状態なのか聞こうともしない。


やがて、角が届きやすい場所まで距離を縮める。






角だ。
背後から風の音。
でもどっち? 右? 左?
悩んでいる暇はない。私は思い切って右に飛んだ。


しかしそこは、階段だった。
着地に失敗して転げ落ちる私。
踊り場のあたりで頭をぶつけてしまう。


「その程度か!」
階段の上の方で、先生(あるいはかつて先生と呼ばれていた男)怒号を放つ。
頭が痛い。ぐらぐらする。
このままじゃ、あの角に突かれてしまう。それはよく分かっている。




(この文章はフィクションです
実際の人物、団体、地名などとは一切関係ありません)