小説『117+』(仮)第十六話「2005年1月17日 ―赤羽緋美子 対 花沢慎太郎― その2」

自分の言葉に自分の耳を疑った。


「その程度か」?
その程度だ。
その程度でいいのだ。
あとはただ殺せばいい。
ヒミコは階段から転げ落ちて、せき込んでいる。
大きなけがはないようだが、立ち直るのには時間がかかる。


間違えた。
ヒミコじゃない。敵だ。
今ならチャンスだ。そのまま踊り場に向かって
右手の角を突き出せばいい。
それで終了。
あとは最初にしたのと同じように敵からカセットを奪う。
それでこの角はさらに能力を増すはずだ。




視界がぶれている。
ひどい頭痛と呼吸困難。
でも、逃げなきゃという意思は確かに働いている。
来る。もうすぐ来る。
私はほふく前進でその場から離れようとする。


来た。
風を切る音。
もうよけることはできない。
私は体を丸めて、背中でそれを受け止めようとする。
どれだけ効果があるかはわからないけど。


不意に、体が持ち上がった。
ジェットコースターが発射する瞬間のような浮遊感。


天国?


いや、ちがう。
角が刺さったんじゃない。
私は、誰かに抱きかかえられたんだ。
それでそのまま空へ飛び去っているんだ。
天使様?


振り向くと、大学生の顔がそこにあった。





「邪魔をするなぁッ!」
思わず叫び声をあげた。
視界の先にいるのは、間違いなく能力を持つものだ。
たぶんうちの生徒じゃない。黒い革のツナギを着たそいつは、
まるで汚物でも見るかのような冷たい目でこちらを見ている。


いや、注目すべきはそこじゃない。
何よりも注目しなければならないのは、そいつが宙を浮いているということだ。
そいつは、敵が落下した踊り場とは逆の、のぼり階段の方の踊り場の付近で
敵を抱きかかえた状態で宙に浮いている。


「こいつが何者か、洗い出してくれ」
男はこちらを見たまま何かを呟いた。だがたぶんこちらに対して放った言葉ではない。
おそらく、こいつにはもう一人の仲間がいて、
その仲間に、俺の情報を調べてもらっているのだろう。


「無視をするな。そいつは俺の獲物だ! こっちによこせッ!」
俺の叫び声は、甲高い悲鳴に変わっていた。
「獲物? 違うだろ。こいつは生徒だ。あんたのな」
新たに現れた男の言葉は、こちらに対する軽蔑をまるで隠そうとしておらず、
奇妙なほどにこちらの神経を逆なでする。
「違う。生徒じゃない。敵だ! そいつは敵なんだ!」
「割り切ってしまったのか」
男の声にため息がまじる。
「それがあんたの生き方か。悪いがあんた、もう終わってるよ」
俺は勢いよく男に飛びかかった。





(この文章はフィクションです。
実際の人物、団体、地名などとは一切関係がありません)