小説『117+』(仮)第十七話「2005年1月17日 ―米村秀彦―」

「花沢慎太郎について、調べてきたよ!」
イヤホン越しに福田の声が響く。
「34歳高校教師。ソフト獲得は1989年。91人目。
果実連合、白影教団における所属経験なし!」
「野良か」
「…たぶん、勢力の存在自体知らないんじゃないかな」



そんな気はしていた。
2005年の段階で、117人のうちの9割は、
「どこかの勢力に属している」か「すでに死亡している」ことが確認されている。
だからこそ、米村は、ヒミコが他人とエンカウントに入った可能性を考慮に入れなかった。
「こんな近くに、まだ正体不明の能力者がいたとはな」
米村は半分ひとり言のようにつぶやいた。


高校教師、いや、かつて高校教師だった男は、
その、雄牛の角のようになった右手を米村に向ける。
次の瞬間それは、まるでバネではじかれたように
勢いよく米村の体に向かっていく。


米村は首を少しひねってそれを回避する。
体は未だに宙を浮いたままだ。
角は後ろの壁に激突し、中の鉄筋を破壊する。
人を一人破壊するには十分すぎる威力だ。


角は、回避されたとみるや否や
即座に花沢の手に戻る。
スピードも、判断能力も、今なったばかりの能力者ではない。
戦いを少なからず経験している。


「大丈夫!?」
福田の悲鳴のような声が耳にうるさい。
「おれを信頼しろ」
米村は声色ひとつ変えずに呟く。
「お前の仕事はこいつの能力を調査することだ。
こいつは少なくとも一人は殺している」
「だろうね」
「こいつの存在自体がこちらでは不明だったということは、
その殺した相手も、こちらでは正体不明の能力者だ」


角が再び米村を狙う。
今度は体を大きくそらして回避する。
「こいつは見てのとおり、右手を角のようにして飛ばす能力を持っている。
こんな感じの凶器で殺されたであろう、未解決の殺人事件について調べるんだ。
奴の能力を可能な限り丸裸にする」
「わかった。それまでは接触しちゃだめだよ!」
「もちろん。そのつもりだ!」


腕が奇妙な振動を感じる。


米村は抱きかかえた少女を改めて見てみた。


「…いったい、何が、どうなって…」
少女は米村に怯えたような目を向けている。
奇妙な振動は彼女の体の震えだったようだ。
少女は全身を恐怖で震わせ、浅い呼吸をしながら、しかし、こちらの胸元あたりを強くつかんでいる。
たぶん、状況をほとんど理解している様子はないが、どうやら信頼されているようだ。



ほんの一瞬、温かい感情が
米村の胸に流れ込む。
自分の愚かさに皮肉な笑みを漏らす。
こんな少女が、自分に敵意を抱いてると思うだなんて。
馬鹿らしい。


それまでは接触しちゃだめ。


もちろんわかってる。


ただし、反撃を行わない、という意味ではない。


米村は、空中で蹴りのような動作を行うと、
そのまま地面に降り立った。





(この文章はフィクションです
実際の人物、団体、地名などとは一切関係ありません)