小説『117+』(仮)第十一話 「2005年1月16日 ―米村秀彦―」

赤羽緋美子は、なんだかんだ言って、状況を把握しているのだと思う。
そうとしか考えられない。



「いや、そんなはずはないだろう」
幸本さくらはすぐに米村を否定した。
「彼女は最初の10分程度ゲームに触れて、すぐにやめてしまったとのことだ。
管理人もまだ状況判断に困っていると聞く」
「随分詳しいな」
「福田がそう解析している」
「じゃあ、俺が学校に近づいた時のエンカウントはなんなんだ?」



「白影の一派が近くにいたという可能性は?」
「連中の姿は特徴的で分かりやすい。近くにいたらすぐにわかるだろう」
「…果実連合は?」
「連合は傍観を決め込んだんだろう? それはお前の情報だ」
「傍観を決めたのは赤羽緋美子に関してだ。お前に対してじゃない」
「しかし、傍観を決め込んだのは、俺と緋美子を衝突させたいからだろう?
違うのか?」


幸本はどこか宙の一点を見つめ続けている。
「ならば、我々の知らない使い手が一人、紛れ込んでいるか」
「何でエンカウントしたのが赤羽緋美子だっていう結論にならないんだ?」
「赤羽緋美子がお前に敵意を持つ理由がわからん」
「それは俺たちがわからないだけだ。実際、報酬のことを考えれば
エンカウントする理由などいくらでも考えられる。彼女だって人間である以上、な」



幸本は納得のいかない様子だった。
「なあ。お前が祐樹と戦いたくないのはわかる」
「あいつは祐樹じゃない」
「でも、『祐樹』を引き継いだ可能性が高い。…祐樹がどんなつもりで彼女に
ソフトを託したのかはわからないが、おれたちには彼女がどんな人間なのか分からないんだ」
幸本は何も答えなかった。
「戦闘の準備に入る」
米村は手短に言った。
「明日、エンカウント状態の赤羽緋美子と衝突する。
出来れば生け捕りにするつもりだが、ダメなら破壊する。
赤羽緋美子の能力は未知数なので、可能な限りの装備を整える。
そして、念のため、福田を校門前でエンカウント状態で待機させる。
…許可はもらえるな」
幸本は何も言わなかった。




「やっぱり、赤羽緋美子と衝突するのかい?」
米村が装備の調達を頼むと、福田和行は米村の機嫌を伺うような声で聞いてきた。
「何か文句でもあるのか?」
「ない! ないよ。ないけど…」
「口ごもるな」
「あの子、たぶんいい子だよ」
米村は福田に半ば軽蔑したかのような視線を向ける。
「お前の好みとか、そういう話ができるような状況だと思ったのか?」
「違うよ。そういうことじゃないよ。…ちゃんとおしゃれとかしたら可愛いとは思うけど…」
「下らん。おれにはわからん」
「秀ちゃんにはわかんないよ」
福田は恐る恐る、だが非難のニュアンスを混ぜたまなざしを福田に向けた。
「秀ちゃん、大原青葉って女の子、秀ちゃんのこと好きだって気づいた?」


米村は福田に怪訝そうに振り返った。
「…何の事だ?」
「秀ちゃん、そういうの鈍感だもんな。…あのお食事会は、あの青葉って子が
秀ちゃんに近づくために企画したんだよ。
…でね、あの緋美子って子は、青葉って子と秀ちゃんをくっつけようとしてたんだよ」
「…確証はあるのか?」
「…ないけど」
米村は福田の肩を持つと、静かに、だが強く言葉をぶつけた。
「いいか。確かにお前の言う通りなら、緋美子はこちらに対してエンカウントしたわけじゃないことになるな。
だが、確証はないんだろう。結局はお前の直観にすぎないんだろう。
緋美子がこちらの命を狙っていないと保証はできないんだろう?」
「できないよ…ごめん」
「準備だ」
米村がそう言って福田を突き飛ばすと、
福田はしぶしぶといった感じでファミコンのスイッチを入れた。




(この文章はフィクションです。
実際の人物、団体、地名などとは一切関係がありません)