小説『117+』第八話 「2005年1月14日 ―米村秀彦―」

例の女は目の前にいた。
話を聞いた時、特に何かを想像していたつもりはなかったはずだが
実際に目の当たりにすると、やはり、どこか弱々しく、頼りなげに見えてしまう。


つまり、俺は想像してしまっていたのだ。
この女がどんな人物だったのか。
情報を聞いた時に、心のどこかで「強い女」を想像してしまっていたわけだ。


まあこの女の性格が強いか弱いかは関係ない。
肝心なのは能力の方だった。


「すいません。ちょっと通してもらえますか?」
女は手で切るように俺の横を通ろうとした。
ふたりがいるにはいささか狭すぎる廊下だったのだ。
俺はすかさず女につぶやいた。
「お前がついてきていることは知っていた」


女は目を丸くしてこっちを見た。
いや、こっちの気づきを悟られなかったのはうれしいが
そんなに驚かなくても。
こっちはそのために、引退した吹奏楽部の部室にやってきていたのだ。


こちらが口を開こうとすると、すかさず彼女が口をはさんだ。
「どうもすみませんでした!」
いや、責めてるんじゃなくて、とこちらが言おうとすると、再び話し始める女。
「あたし、アオバが話してた人がどんな人なのか確認したくて!
普通の人ならいいんだけど、変な人だったり悪い人だったりしたらアオバを止めようかと!」
それは別に、と言おうとすると
「ああ! 別にあなたのことをそういう風に疑ってたとか、そんなことは全然なくて、
ただ、自分の目で確認しておきたくて。万が一って感じで!」
いや、俺が話したいのは…
「あああ! さっきの、アオバを止めようとか、あれは別にそういうことじゃないですから!
アオバ、そんなこと一つも言ってないから! アオバ関係ないですから!」


結局彼女は、こちらが呼び止める前にどこかへ行ってしまった。
先ほど男と二人ですわっていた席があったのだが、もうすでに空っぽになってしまっていた。
いろいろな意味で怯えてしまって、逃げたのだろう。
話さなければならないことは多くあったのだが。


席に戻ると、吹奏楽部の一人が自分にコーヒーを持ってきてくれていた。
この子は特に、自分に対して奇妙に気をまわしている。まるで小間使いのようだ。
「何か…なんていうか、ごめんなさい。無理につき合わせて」
ひょっとして、俺が神経をとがらせていることに気づいたのだろうか。
割と誤魔化していたつもりだったんだが。
「楽しいよ」
言っては見たが、どことなくぶっきらぼうな感じになってしまった。



そこで俺はふと、この子の顔を見た。



そういえば、この子と女は、友達同士だったか?



「大原さん、だっけ?」
名前を聞くと、うれしそうに反応が返ってくる。
「はい! アオバです!」
「君、そういえばおととい、友達と歩いてたよね。あの子も吹奏楽部?」
「…ヒミコのことかな?」



当たりだ。
この子から、赤羽緋美子の情報を聞き出すことができるかもしれない。





(この文章はフィクションです
実際の人物、団体、地名などとは一切関係がありません)