小説『117+』(仮)第七話 「2005年1月14日 ―赤羽緋美子―」

そんなイケメンか?
いや、確かに顔は整っている。名前は忘れたけど、どっかの韓流スターに似てる。
眼鏡が似合う方じゃなくて、黒髪でワイルドな方。
ただ、顔が険しすぎる。何に怒ってるの?って感じだ。



「ご飯に誘っちゃった!」
今朝はアオバが、私の制服のしわを突っ込む前に、そんな喜びの声を上げてきた。
「…え?」
「この前話した、大学生!」


私は思わず「ああ!」と声を上げた。
「やるじゃんアオバ! あんた見かけによらず攻めるね!」
アオバは少し照れくさそうにはにかむ。
「ほかの子たちと一緒だけどね。練習中に、なんとなく苦労話っていうか、愚痴っぽくなって」


で、そういう話を大学生の前でしてたら意外と食い付きが良くて、
ここぞとばかりに踏み込むと。「そういう話、もっといっぱい聞きたいです! 明日ご飯どうですか?」
まあそういうような話。
大胆だ。


アオバがうれしそうなのはいい。
この子は人よりもずっと真面目で、おせっかいだけどちゃんと想像力もある。
私の中で、もっとも報われるべき女の子の一人なのだ。
こいつは、もうちょっとは幸せになってもいい。


ただ、自分がこの恋に関して何一つ役割を果たしていないことに、
少しだけ寂しい気分になった。
なんだ。私いらないじゃん。
アオバ一人でなんとかなりそうじゃん。


「は? 何言ってるの? お前の仕事終わってないよ」
そんな言葉をリュウタにぶつけられたのが、昼休みの屋上でだ。
「だって、アオバ一人でどんどん前に進められるじゃん。うまくいくにしても、駄目にしても
もうあたしの力じゃどうしようもないよ」
リュウタは私の言葉にため息をひとつつく。
「いっそ駄目になるなら問題はねえよ」
「はあ?」
言葉の意味を測りかねる私に、リュウタが顔を近づける。
「いいか。いざアオバがその大学生と付き合いだして、
その大学生が、たとえば女をぶん殴るのが趣味の変態ドS男だったらどうする?
おまえはアオバの顔にあざが増えていくのをただ黙って見過ごすのか?」
「そんな…でもあたしたち、その大学生がどんな人なのかはわからないんだよ」
「それだよ! 俺らはその男のことを見極めなきゃならないんだよ!」



そんなリュウタの言葉に乗せられて、アオバをストーキングした末に
入って行ったファミレス。
アオバと、他の制服の女の子たちにまぎれて、確かに学ランではない男が一人。
件の大学生は、あれに間違いない。
それを遠目に見ている私とリュウタ。
バカだ。


「しかし、なんか険しい顔してるな」
リュウタがポロリと洩らす。
それだ。私もそう思っていた。
ほかの女の子たちは気づいていないのだろうか。大学生を囲んで楽しそうに話をしている。
でも、アオバの様子はちょっと違う。やっぱり大学生の顔が怖いのだろう。
やたらと大学生の周りに気を使っている。
飲み物取ってきましょうか、おしぼり取ってきましょうか、スープ取ってきましょうか。
おまえはメイドか。心の中で突っ込んでしまう。
あんたが前に出なくてどうするのよ。



「ちょっとトイレ」
私は何となく席を立った。
「うんこか」
リュウタの、死ぬほどくだらない言葉を無視して、私は洗面所に向かった。


そして、トイレから席に戻ろうとしたとき、
男子トイレの扉の前に男が一人立っていた。
私の方をじっと睨みつけている。



さっきの大学生だ。




(この文章はフィクションです
実際の人物、団体、地名などとは一切関係がありません)