小説『117+』(仮)第六話 「2005年1月13日 ―赤羽緋美子―」

「どうするかねえ」




フェンスに囲まれた空を見つめながら、隣にいる不良が呟く。
下の方から、グラウンドで走りまわる陸上部の掛け声が聞こえる。
要するに、放課後の屋上だ。


「どうするかねえ、じゃない。こう言うのはあんたの方が経験あるでしょ!」
「知らねえよ、そんなこと言ったって。アオバとはお前の方が仲がいいだろ」
「…不良のくせに」
「おれは不良じゃねえよ」


昨日のファミレスでの話。簡単にまとめてしまうと、恋の話だった。


「大学生ってさ、高校生のこと、どう思うかな」
アオバの最初にそう切り出した。
「どうって?」
「たとえばさ、大学生の男の人が、高校生と付き合いだしたりしたら
その大学生は、ロリコンとか言われて周りから悪く扱われちゃったりするのかな」


そんなもん、知りようがなかった。
大学生がどんなもんなんか分からないし。
「さあねえ…何学生か、とかよりもその人自身がどうか、の方が大切なんじゃない?」
「…まあ、そりゃあそうだろうね」
「それにさ、高校3年生と大学1年生じゃ、普通一つしか歳が離れてないし、
それでロリコンとか言い出したら、あたしの親父までロリコンじゃないの。
お母さんはとっくに50超えてるけど」
「大学4年生と高校2年生では?」



そこで、私は思わずアオバを見た。
アオバの様子は、平然としているようで妙に落ち着かない。


私の心の中に、大きな喜びと不安が湧きあがる。
アオバは、私に恋の相談をしてくれてるんだ。
アオバは、私のことを、それだけの価値がある人間として扱ってくれてるんだ。
その事が素直にうれしかった。こんなこと、はじめてだったから。


さて、ここからが問題。
私は、そういった経験を一切持っていないんだ。
バイトしてはファミコン買ってるだけの女に、そんな色のある話なんかあるわけなく、
男ってどんな生き物なのかとか、どうすれば恋が実るかとか、そんなノウハウも当然持っていない。



「…どんな人なの?」
私の口から出た質問は、先ほどの話とは明らかに飛躍している。
でも、アオバはその言葉ですべてを理解したようだ。
テーブルの一点を眺めたまま、指をいじくっている。
ブラバン吹奏楽部は、よく自分たちのことをこう呼ぶ)のOB」
「どこで知り合ったの?」
「よく、遊びに来るの。音楽室とかに」




「六歳差かあ」
私は、隣にいる不良の声で我に帰った。
隣の不良は指を折って数えている。
「七歳差」
私はすかさず訂正した。
「一浪してるの。その人。言ったでしょ。リュウタ、あんた計算もできないの?」
「知るかよ」
「だいたい、年の差がなんだって言うのよ。そんなの関係ないでしょ!」
「じゃあお前、九歳の男が恋愛対象になるか?」
「第二次性徴終わってたらもう関係ない!」
「でも、アオバがまず気にしてたのは、そこだろ?」


「うまくいってほしいの」
私は素直にそう思った。
「…友達が男と付き合いだしたら、ちょっと焦るんじゃない?
今までみたいに遊んでもらえなくなるぞ」
「そういうのはちょっと嫌だけど、
でも、アオバには、あたしに相談してよかった、って思わせたいの。
あたし、こういう感じで頼られたの初めてだから」


ふーん。
リュウタは鼻でつぶやいた。



無言。



「おいお前ら、まだ帰ってなかったのか」
私達は花沢先生の声で同時に振り返った。
「今日からテスト準備期間だ。校舎はもう施錠するぞ」



二人ともそのことをすっかり忘れていた。


「やべ、忘れてた」
「ああ、すみませんでした!」
「まあ別に焦る必要はないが、部活もやってないならもう帰りなさい」


鞄を手に取って、屋上から出ようとする。
そこでリュウタが、突然口を開いた。


「あ、そうだ先生。大学4年生と高校2年生がつきあうのって、どう思います?」
「ん? 何の話だ?」
「いやね、アオバが、吹奏楽のOBと…」
リュウタ!」


リュウタは私の顔を見て、言葉を止めた。
どうやら、相当の形相だったようだ。


「いや、なんでもねえっす」
「…何でもいいが、ほどほどにな」


先生には何の事だか分らなかっただろう。
それでも、先生の言葉は、非常に的を射ている。





(この文章はフィクションです。
実際の人物、団体、地名などとは一切関係ありません)