小説『117+』(仮)第四話 「2005年1月6日 ―寺島真奈美―」

真奈美は、「それ」によって状況がどこまで変わるのかを、脳内でシミュレートしている最中だった。




佐川祐樹は確かにそれなりの相手だった。
しかしながら、『果実連合』の相手ではない。
第三部隊に、真奈美の直轄も加えてエンカウントしたのだ。
これで殺せなければ連合の意味から考え直さなければならないだろう。


問題はそんなことではなかった。
ソフトを奪う事が出来なかったのだ。


ひどい話だった。
確かに今まで『果実連合』が相手をしてきた連中は、自らの力をいささか過信しすぎた連中だったのだろう。
しかしながら、はじめから「自分が死ぬこと」を計算に入れた相手は初めてだった。


そう。すべては佐川祐樹の戦略通りなのだ。


そう考えると、
奴はその優男風の顔に似合わず、残酷な計算に長けた策士であったのは間違いない。
そう。あれは自己犠牲では断じてない。
必要であれば、仲間の命はおろか、自分の命も平然と利用できる邪悪な策士なのだ。


死んだ人間のことに心を煩わせている場合ではない。


ソフトが他人の手に渡った場合、どうなるのか。


「同じなのでは?」
横から声。相変わらず完璧な日本語。
やはり日本出身だったんじゃないかと疑ってしまう。


「今までの、死んだ相手から奪ったのとは話が違うのよ。ロン」
真奈美はけだるそうに答え、隣の台湾人を見た。
目を半分以上隠してしまっている髪の横から、鋭い眼光が光る。
「彼女は生前のソフトを手にした。そして、ソフトは未だに吸収されていない。
彼女は、ソフトの電源を入れ、そのまま祐樹のセーブデータを起動したの。
例のオープニングも見ていない」
「データ名は?」
「未だに「ゆうき」のまま


「彼女は、何一つ手に入れていないのでは?」
ロンの言葉は、真奈美の最初の推測(というより希望的観測)であった。
「それなら話は早いわね。彼女をさっさと殺して、ソフトを奪う。
こちらが「ゆうき」を手にできれば最高。そうでなくても、永久に処分できれば何も問題ない」
「それでも、真奈美。お前が二の足を踏んでいる理由は…」


沈黙。
それが彼の質問に答える一番手っ取り早い方法だった。


「しかし、手をこまねいていてもしょうがない」
ロンは続ける。
「今、勢力間は非常に危ういパワーバランスで成り立っている。
ほかの勢力にたった一本のソフトを奪われてしまったことが原因で、
戦いが終結してしまう結果にもなりかねんのだぞ」
「でも、迂闊に部隊を飛びこませたくないわ」
「そんなことを言っている場合なのか?」


真奈美はそこで、けだるそうな、しかし難解なクイズの答えを知っているような
自信に満ちた表情でロンを見た。
「ためしに、一人飛びこませてみるのよ。それでわかるわ」
「そう悪くない考えだ。しかし誰を?」
「…もうね、一人、エンカウントしているの。すでに、彼女に」


ロンは、ごく小さなため息をついた。
「試すというわけだ」
真奈美はロンの顔をじっと見つめている。
「勝てるかどうかはともかく、彼女の底を見ることができる。
底がわかれば、その後の対処も決まってくる。…頼むから、平和的解決なんてしてくれるんじゃないわよ…」


少女の眼元が笑みに包まれる。





(この文章はフィクションです。
実際の人物、団体、地名などとは一切関係ありません)