小説『117+』(仮)第二話 「2005年1月10日 ―赤羽緋美子―」

10分ほどプレイしてみた。
結論から言うと、よくわからないゲームだった。




電源を入れると、真黒な画面にウィンドウが表示される。
「ゆうき LV31」
これはセーブデータだろうか?


ファミコン版のドラゴンクエストⅢにちょっと似ている。
でも、あれはちゃんとタイトルが表示された。
このゲームはタイトルすら表示されない。あまりにも地味すぎる。


そして、
「ゆうき」というセーブデータ名に、ほんの一瞬胸が痛む。


とにかく、待ってても何も変化しなかったので
Aボタンを押してみる。
すると、画面にはいかにも昔のRPGっぽい街が表示される。
ブロックで囲まれた民家、赤いレンガの道路、歩きまわる二頭身の住人たち。
中央には剣を背負った青色のキャラクターが足踏みをしている。たぶんこいつを操るんだろう。
そのキャラクターの前には、蝶の羽を生やした女の子がふわふわ浮かんでいる。
たぶん妖精なんだろう。
限られた性能の中で、なかなかうまく描けている。かわいいとさえいえる。うまい絵だな、と思った。


動こうと十字キーを入れようとした瞬間、
メッセージが表示される。


「ああ、ゆうき! あなたは ほんとうに ゆうき なのですか?
このような できごとが おこるなんて 
わたしには どうしたらいいのか わかりません!
しはいにんに はんだんを あおいでください!」


意味がよくわからなかった。
この妖精の言葉なのだろうか?


意味が分からないのは仕方がない。
何せこれは新品のゲームではないのだ。
このセーブデータはある程度進めた状態のものだ。
初めて遊ぶのに使うべきものではない。

そういえばゲーム開始時に
LV31と表示されていた。
きっとこの中央にいるキャラクターのレベルのことだろう。
普通のRPGならば、怪物たちと戦って修行をして、レベルを上げていく。
LV31がこのゲームにとってどこまでの数字なのかはわからないが
結構進めているんじゃないかと思う。


もう少し進めてみようと思う。
手近にいた住民の前に立ってAボタン。


「しはいにんに はんだんを あおげ!」


話しかけることができたようだ。
他の住民にも話しかけてみる。


「しはいにんに はんだんを あおげ!」
「しはいにんに はんだんを あおげ!」
「しはいにんに はんだんを あおげ!」


誰に話しかけても、同じ答えしか返ってこない。


いったいこれはなんなのだろう。
胸に迫る奇妙な不気味さ。


私は何となく続ける気を失い、そのまま電源を切ってしまった。


今日の晩御飯は、ホカ弁じゃなくてカキフライだった。
忙しい仕事の合間を縫って、母親が帰ってきたのだ。

母の料理はお店で食べるものと比べると圧倒的に形は悪いが
味は大好きだった。
変な形のカキフライがたまらなく愛おしい。

「あんた、またファミコンやってたでしょ。勉強の方は大丈夫?」
母が切り出した。
「大丈夫。ちょっとしかやってないよ」
ならいいけどね、と母は呟く。
少しの沈黙。私は思い切って口を開いた。


「さっきやってたのね、祐樹ちゃんが持ってたゲームなの」


母親の箸が、一瞬止まる。


「ああ、そうなの。あんたが祐樹ちゃんからもらったってやつ」
「そう。あれ」


沈黙。
母は何か言葉を探している様子だった。


「大事にしなさいよ」
そう言って母はご飯を食べ終え、食器を片づけ始めた。



言われなくても、そうするつもりだった。




(この文章はフィクションです。
実際の人物、団体、地名などとは一切関係がありません)